2015年11月18日

1.無麻酔歯石除去の問題~1.歯科医学の面から その3 エックス線撮影ができない問題~

1.歯科医学の面から 

その3 エックス線撮影ができない問題

犬猫などの「無麻酔歯石除去」ではポリッシングができず、
かえって歯石が付きやすい状態になってしまうことを前回お話しいたしました。
(前回の記事→「無麻酔歯石除去の問題~1.歯科医学の面から その2 ポリッシングができない問題 ~」)

今回はさらに大きな危険につながる、「エックス線撮影ができない問題」についてお話しいたします。


人間の歯科の場合は、歯周病の治療の際にはエックス線撮影(レントゲン撮影)を行います。
それにより肉眼では見えない部分の歯石の付着、その部位や量、大きさ、
歯の根の形、
歯周病による歯槽骨の吸収の度合い、吸収されている部位、形などを知ることができます。
私も歯科医として診療している中で、
表面から見るとあまり歯周病が進行していなさそうに見えるのに
エックス線画像で確認すると歯周ポケットのとても深い所に歯石がごっそり付いている
というケースをいくつも診たことがあります。
エックス線撮影をしなければこれらの歯石は見落とされてしまったことでしょう。
(「無麻酔歯石除去の問題~1. 歯科医学の面から その1 歯肉縁下歯石が取れない問題~
も併せてお読みください。)

さらに、歯周病におかされると歯槽骨(しそうこつ)という、歯を支えている骨がしだいに吸収されてなくなっていき、
やがてはあごの骨までも吸収が進んでいきます。

犬の顎骨(正常)

青い線が概ね正常な犬の顎(下顎)の骨のラインです。
これが歯周病におかされて吸収されると、たとえば下の絵の赤いラインのようになります。

犬の顎骨(吸収像)
犬猫、特に猫や小型犬のあごの骨はもともと非常に細く、
そこに歯周病による顎骨の吸収が起きると、残された骨の太さ(厚さ)はほんの2~3mmとなってしまいます。

ちょっと想像がつかない?
では少しリアルな絵で見てみましょう。

犬の顎骨エックス線写真風

蓮「ねえ…この絵は?」
描いた。
蓮「は!?」

先ほどの赤いラインまで歯槽骨が吸収された状態をエックス線撮影すると、
こんな風に写ります。
こんな状態で歯石取りのために力を加えでもしたら、
あごの骨は簡単に折れてしまいます。
事実、歯周病にかかっている犬猫の顎骨の骨折は珍しくはなく、
「ほんの少しぶつけただけで…」
「一緒に飼っている他の犬とじゃれ合っているうちに…」
など、本当にふとしたはずみで骨折してしまいます。
そして、他所で受けた歯石除去の処置によって骨折した犬猫が他院に回されてくるということも昨今増えているといいます。

歯周治療でのエックス線撮影が、治療の上でも安全の上でも重要なのがお分かりいただけるかと思います。

動物病院、トリミングサロン、ペットショップ、出張サービスなど無麻酔歯石除去を行っているところは色々ありますが、
トリミングサロンやペットショップ、出張サービスなどでは当然エックス線撮影ができません。
結果、歯周病が進行しているのに気付かず処置をして
歯周病の悪化につながるばかりか、骨折など
かえってひどい事態に至らしめてしまうことがあるのです。
エックス線撮影による検査は歯周病治療に欠かせません。
そして何度も言いますが歯石除去は医療行為であり、治療と予防の一環です。
犬・猫などの歯石除去は、きちんと検査を行う動物病院で受けるようにしましょう。

次回、「犬をはじめとする動物の無麻酔歯石除去の問題をドッグトレーニング・歯科医療・心理学の面から語る その2. 無麻酔歯石除去の問題~犬猫など動物の心理としつけの面から~」に続きます。




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2015年08月02日

無麻酔歯石除去の問題~1.歯科医学の面から その2 ポリッシングができない問題 ~

1. 歯科医学の面から

その2 ポリッシングができない問題

前回、無麻酔歯石除去では歯肉縁下歯石が取れないので歯周治療には不十分というお話をしました。
(→無麻酔歯石除去の問題~1.歯科医学の面から その1 歯肉縁下歯石が取れない問題~
今回は、無麻酔歯石除去の次のデメリットとして「ポリッシングができない問題」について語ります。

歯石除去(スケーリング)は、ハンドスケーラーという金属製の器具や超音波スケーラーを用います。
無麻酔歯石除去を謳っている業者はよく

「ハンドスケーラーで丁寧に取るのでワンちゃんにやさしいです」
「超音波スケーラーを用いるので安全です」

などと宣伝していますが、どちらも正しくはありません。
ハンドスケーラーは鋭利な刃物ですから、扱い方や動物の急な体動などで
歯や歯肉、頬、顔面、目などを傷つけるおそれ
があります。
超音波スケーラーは刃物ではないので安全そうに見えますが、
高速の振動により発熱するので、こちらも使い方を熟知していないと
歯の中の歯髄(神経や血管など)を痛め、
強い痛みや歯髄壊死(しずいえし・神経が死ぬこと)を引き起こす危険性があります。
ついでにもう一つ言えば、超音波スケーラーはその特性を活かすため(キャビテーション)と
発熱を抑えるために水を出しながら使うのですが、
無麻酔歯石除去でこれを行うのはとても困難で、気管に水が入るなどの危険性もあります。
(後述します)

そして、ハンドスケーラーでも超音波スケーラーでも、
歯石除去を行った後は歯面(歯の表面)がザラザラに傷つくものです。

昔、こんなことがありました。
ある人に

「なんだかよぅ、俺の歯、一本だけ色がおかしいんだよ。何だろうなぁ、見てくれないかなぁ」

と言われたことがありました。
見ると、ある一本だけくすんだ灰色になっていて、まるで歯髄壊死を起こした歯のようになっています。

しかし、歯髄壊死のきっかけになるような虫歯も歯周病もありません。

「この歯を強く打ったり、過去に強い痛みがあったことは?」
「ねぇんだよ。なんだろうねぇ…」

うーん…?
そこでさらに気になったのは、この人のタバコのヤニのあと。
む、もしや。

「もしかして、ヤニなどを取ろうとして歯を引っかいたりしたことはありませんか?」

「おお、あるある!ヤニが気になるからよ、マイナスドライバーでこすったんだよ!」

これでした。

ドライバーでこすったために歯の表面に傷が付き、
その傷がさらにヤニや汚れ(色素沈着)を招き、色がおかしくなっていたのでした。

スケーリングの後もこれと同じような状態になります。
肉眼的にはほとんど分かりませんが、歯の表面が荒れてザラザラになっているので
そのままだとかえって歯石が付きやすくなるのです。
そこで研磨剤とブラシやゴムでできた器具(ラバーカップ)を使って、歯の表面をツルツルに仕上げる
「ポリッシング」という処置が必要になります。

ポリッシング器具撮影協力:河野歯科クリニック

しかし、無麻酔歯石除去ではこのポリッシングも行うことが困難です。

まず、ブラシやラバーカップでの研磨はゴリゴリとした音と振動があります。
実際に歯科医院でこの処置を受けたことがある方は分かると思いますが、かなりの振動ですよね。
特に上の歯などは振動がダイレクトに上あごや頭蓋骨に伝わるので結構不快です。
前回の記事で書いたように、スケーリングと同様、ポリッシングも
犬や猫が恐怖や嫌悪感を感じることなく、おとなしく受けられるとは思えません

次に研磨剤の問題があります。

ポリッシング終了後は研磨剤をしっかりとすすいでおくことが大切です。
研磨剤が口の中に残ると不快だという理由だけでなく、
研磨剤の粒子が歯周ポケットの中に残っていると、
それが刺激となって歯周病を進行させるおそれがあるからです。

人間の場合はスリーウェイシリンジ(歯科医院で使う、圧縮空気や水が出る水鉄砲のようなアレ)で
きれいに洗浄できますし、ポリッシング終了後に自分で口を濯ぐこともできます。
ですが犬猫の場合は?
スリーウェイシリンジで洗浄しようものならビックリして暴れるでしょうし、
その水が気管に入ってむせたり、誤嚥性肺炎などを起こす危険性もあるでしょう。
自分で「ブクブクうがい」などできませんから、
研磨剤は長い間口の中や歯周ポケット内に留まります。

一方、麻酔下であれば
研磨剤を水で洗浄することも可能ですし、
気管内チューブを入れているので呼吸を妨げたり、むせたりすることもありません。

このような理由で、無麻酔歯石除去ではスケーリング後の大事な処置である
「ポリッシング」が不可能であるか、無理におこなってかえってリスクを高めるといえます。

無麻酔歯石除去ではポリッシングをせず歯石を取るだけの所も、ポリッシングもしているという所もありますが、
こうしたことを知らないか、危険を容認しているかのどちらかと言わざるを得ません。


→次回、「1. 無麻酔歯石除去の問題~歯科医学の面から その3 エックス線撮影ができない問題~」に続きます。



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2015年06月30日

無麻酔歯石除去の問題~1. 歯科医学の面から その1 歯肉縁下歯石が取れない問題~


1.歯科医学の面から


その1 歯肉縁下歯石が取れない問題



歯周疾患(歯周病)を引き起こしているのは、いくつかの種類の歯周病原細菌です。
よく歯石が歯周病の原因かと思われていますが、
歯石は歯垢(しこう・プラーク)(歯についた汚れや細菌、細菌が産生したものなど)に
カルシウムなどが沈着し固まったもので、歯周病の直接の原因ではありません。
歯石の中にいる細菌も死んでいます。
まずは歯周病になるしくみをかいつまんでお話しておかなければなりません。


正常歯周組織


これは正常な歯と歯肉、歯を支えている骨(歯槽骨)の模式図です。
(小さくて見えない場合はクリックかタップすると拡大して表示されます。)


お口の中にいる菌には、大雑把に分けて「酸素がある環境が好きな菌」と「酸素がない環境が好きな菌」がいます。
歯の表面に細菌が付着すると、まず「酸素がある環境が好きな菌」が増殖し、歯肉に炎症を起こします。
「歯肉炎」とよばれる状態です。
歯肉縁



歯と歯肉の隙間には「歯肉溝」という深さ1~2mm程度の溝が存在しています。
歯肉に炎症が起きると歯肉が腫れて、この溝が深くなります。
すると、溝の中は酸素が少ないので、この中に「酸素が無い環境が好きな菌」が増殖してくるのです。
この菌は酵素や毒素、様々な物質を産生し、
それによって歯肉や歯の周りの組織が破壊され、歯周ポケットもどんどん深くなります。
やがて歯を支えている骨も吸収されて減っていき、支えを失った歯はぐらぐらし、やがて抜けてしまう…
こういう流れをたどります。


歯周ポケット形成・歯槽骨吸収




ではなぜ歯石が問題視されるのかというと、


* 歯石の表面が粗いので、さらに汚れや細菌がつきやすくなる
* 硬くてさらざらした歯石が歯肉を刺激する


などの理由で歯周病を悪化させる一因となるからです。



そこで「歯石除去」となるわけですが、歯石には大まかに分けて2種類あります。
歯の表面、歯肉の縁の上に付いていて、見て確認できる「歯肉縁上歯石」と、
歯肉の縁の下、歯と歯肉のすき間の中に付いている「歯肉縁下歯石」です。


歯肉縁上歯石と歯肉縁下歯石
歯周病では歯肉縁下歯石が特に問題となります。
歯肉縁上歯石だけ取ってもあまり意味はありません


ところが、歯肉縁下歯石は歯と歯肉のすき間の中に付いているので、
麻酔なしで取ろうとすると痛みを伴います。時には出血もあります。
すでに歯周病にかかっていて歯肉に炎症があると、痛みや出血はより増します。
私達人間でも歯肉縁下歯石を取るのは痛いので、麻酔をして行います。
よく歯科医院では「痛かったら左手を上げて教えてくださいね」
というように、処置を受ける必要性が理解できていて我慢ができる人間ですら耐えられないことがあるのですから
動物が我慢して大人しくしていられないのは当然です。
動物ですから口を十分に開けなかったり、抵抗したり、暴れたり、咬んだりするでしょう。
そのような理由で動物の歯肉縁下歯石を無麻酔で取ることは不可能なのです。
(もし大人しくしているとすれば、それは恐怖ですくんでいるからでしょう。)




→次回、「1. 無麻酔歯石除去の問題~歯科医学の面から その2 ポリッシングができない問題 ~」に続きます。


posted by ataraxialive at 07:30| Comment(2) | 小動物歯科 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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